コラム:最後の大詰め

8月20日~8月30日にベトナムのハノイで約2週間のワークショップを行いました。以下ワークショップのレポートです。

9月1日(日曜日)

ワークショップの写真1

朝9時を過ぎたころ、ものすごい豪雨になりました。集合時間は9時半。皆、時間までにたどり着けるか心配でしたが演奏者もスタッフも、足元をぬらしながらホールに到着。ミャンマーのボ・トュ・レインさんはさっそく、師匠のアカダミ・ミャンマーピ・チャウ・セインさんの楽器、サイン・ワインのチューニングを始めます。ほかメンバーも到着し、午前中は昨日、日本からハノイに戻ってきた伊藤さんの指示で、曲間の舞台袖に入る、出る段取りのシュミレーションをしました。通し稽古の前に集合してまずは口頭でそれぞれの出履けの流れを説明します。その後、実際にやってみて多少の混乱はありましたが、全体としてはスムースに繋がっているようでした。ほか、今回、プログラムの途中で何度かチューニングが必要なミャンマーのサイン・ワインのチューニングを待たずに楽曲が始まってしまうこともありました。今回貸していただいている小ホールは舞台としては小さなサイズですが、これまで練習していた教室よりは楽器同士の距離も広がっていますし、10月のツアーではもちろん、各国の劇場のステージの大きさも変わるので、音を合わせる、リズムを合わせるためにお互いの音を聞く、アイコンタクトをする、手のストロークを見て音を合わせるなどの演奏中のコミュニケーションが大変重要になってきます。

舞台リハーサルをしてみて、あらためて出てきた問題は、タイのボーカルのクリスさんやベトナムのマイ・リエンが歌うときにどこに立つかなどの詳細。演目順がまだ、決定していない、楽器のセッティングの場所がこれで本当に良いのか、まだまだ検討中で、課題が山済みです。

午後はミャンマーの楽曲の稽古。ダウンビートで独特なリズムを刻むミャンマーの楽曲。日本ではまず自然には出てこない場所でのアクセント。カンボジアのチャンナさんが小さなシンバルで、そのダウンビートのリズムを刻む箇所がどうしても遅れます。何度か練習を重ね、何となくしっくりきた様子。国によって数の数え方や概念が違うように、音楽でも拍の刻み方がことなるのが面白いところです。また、この曲では冒頭、ミャンマーのボ・トュ・レインさんがテンポ設定しますが、なぜか、ベトナムのミン・チーさんも、そこは音は出さないでくれといっても音を出します。大島さんから、リズムキーパーが二つになると混乱するから、ミャンマーのこの楽曲はミャンマーのボ・トュ・レインさんを基準に、皆、合わせるように指示がありました。

一通り稽古を終え、演奏中に聞こえづらい音があるか、それぞれのミュージシャンにヒアリングを行いました。アカダミ・ミャンマーピ・チャウ・セインさん(ミャンマー)のサイン・ワインが聞こえない、という意見が多かったなか、そのサイン・ワインを弾くアカダミ・ミャンマーピ・チャウ・セインさんから、隣のラオスの太鼓の音が大きすぎて他の音が聞こえない、という意見がありました。ボーカルのクリスさんとの立ち居地のかぶりなども問題になっていたので、撥で激しく叩くことの多い短い太鼓のセットと、手でソフトに叩く長い太鼓のセットの場所を入れ替えてみました。

今日は比較的早い時間に稽古は終了し、国ごとに来月からのツアーに向けての各種確認、もってくる楽器は今回と同じものか、梱包方法(ボックスにすると幾つになるのか)は今回と同様か、ほか増える/減る機材、演奏者本人の国での公演の際の宿泊の確認、ツアースケジュールの変更についての説明、ツアーに関する質問や心配事などのヒアリングがありました。来月から始まる公演は、ここハノイからの出発になるので、このWSを通してベトナムの生活を少し体験できたことは、演奏者にとってもスタッフにとっても、知らない土地でゼロからスタートするよりはストレスも少なく、物事がスムースに進むことと思います。

9月2日(月曜日)

午前中、昨日の通しで確認が必要だったエンディングの稽古をしました。一度通し、やはり舞台の左右の音のバランスが気になります。大島さんいわく、下手側(舞台左)に竹の楽器(ベトナムのマイ・リエンさん)とリズムキープのウッドブロック(ベトナムのミン・チーさん)があること、上手側(舞台右)には思い音がする太鼓が固まっているところで、どうしても音がうまく混ざりません。舞台後方の四つのドラムセットを思い切って入れ替えてみることにしました。先ほどまでは、左からミン・チーさん(ベトナム)、堀さん(日本)、トサポーン・タサナさん(タイ)、セントン・ブッサディさん(ラオス)の並びだったセットを、セントン・ブッサディさん、トサポーン・タサナさん、堀さん、ミン・チーさんに変更。同じく、セントン・ブッサディさんの前あたりで低音の太鼓を叩いていたラオスのプサヴォン・サクダさんは下手のほうに、堀さんとミン・チーさんの前あたりにいたラナートを弾くタイのトサポーン・タサナさんは中央へ引越ししました。楽器の場所変更に伴い、マイクセッティングのしなおしなどがあり少々時間をとりましたが、新セットが完成。以前よりもなんだかすっきりした感カです。

早速、新しいポジションで音を鳴らしてみることにしました。エンディングをもう一度、最初から練習している最中、なんと、突然停電になり...。このホールは改装中で、確かな原因が分かりませんが、一階の工事で使用している電気系統とのぶつかり合いがあったのかもしれません。演奏の途中で真っ暗になりましたが、演奏者は中断せず演奏を続けました。こういうハプニングは皆、大いにもりあがります。暗闇の中、通訳の方やスタッフが、ペンライトやスマホ、携帯で舞台側を照らし合い、マイクもすべてオフになった状態で生音での演奏となりましたが、全体のバランスはとてもよく、また集中力はいつにもまして音も呼吸も揃って演奏することができました。その後、歌ものの曲を稽古する予定でしたが、マイクが使えないということでキャンセル、少し早いランチ休憩を取りました。

午後は、伊藤さんが全く異なるアプローチで一度、曲順を変えて演奏してみよう、とのことでホワイトボードに新しい順番を書き入れ、皆に説明。頭から終わりまで一通り、通してみました。急に発表された演目順を、演奏者はホワイトボードを確認し、時にはマネージャーから次の演目をガイドされつつ、出履けも何となくの流れで進めています。停電後の団結のせいか、エンディングのビートやテンポ間、ソロ中の盛り上げ方など、コンサートの最後の曲、という感じの雰囲気がだんだん出てきました。

30分の休憩中、伊藤さん、大島さん、マネージャーらが集まり、新しい演目順と昨日まで何度か繰り返したプログラムを検討。「コットンダンスの前のチューニングに時間がかかるからチャンナさん(カンボジア)のソロをもってきたらどうか」、「いや、チャンナさんはコットンダンスのために着替えが必要だから直前は無理です」。「ではコットンダンスの前のララバイとタ・カイン・ロン・シェを入れ替えてみてはどうか」、「タ・カイン・ロン・シェにはチャンナさんが出ていて、それをひっくり返すと着替えられません」。など、特に、アンサンブル系の楽曲に関しては、一つの演目の順序を変えようとすると、前後で必ず何か不都合が出てきます。伊藤さんは、初回の演目順で2曲目に演奏していたラムサラバンが2曲目に登場することと、ミャンマーの楽器が主にメインとして使われている2曲がプログラムの中盤で続くのがもったいない、とのこと。前回までの演目順は、着替えやチューニング、演奏者の準備などを最大限に考慮したものだったので、であれば、そこからラムサラバンとミャンマーのチー・ワインとサイン・ワイン、タイのドラムセットを使ったトリオの楽曲、メロディー・フロム・ザ・ハートをプログラムの後半にもってこよう、とのことで、再び並び替え。着替えにも、チューニングにも問題ない箇所、それでいて音のバランスや演奏者の出入りもスムースな演目順が完成しました。

30分後、演奏者がホールに戻ってきて、本日、2度目の通し稽古です。多少、出履けのタイミングや細かいところは後で調整するとして、再び、オープニングの冒頭、ユスリさん(ブルネイ)の太鼓と歌が会場に響きます。プログラムは順調に進んで行き、午前中に位置を変えた楽器たちの音のバランスも、見た目も大変すっきりしました。通し稽古を終えて、大島さんからのコメント。課題が一番多いのはタ・カイン・ロン・シェ。もともとミャンマーのリズムの取り方が前のめりなため、正確にビートを刻んだとしても全体の中では遅れがちに聞こえてしまいます。大島さんから、リズムの遅れ、音のずれなど再度、細かく確認がありました。

明日は、今日やったプログラムで最後の通し稽古があります。日本の堀さんからメンバーに向けて、2点、とても大切なコメントがありました。一つは、曲の始め方について。各演目で演奏を始める合図を出す役目の人は、曲を始める前に全体を見て、皆が準備できているか、会場が演奏を始めても良い空気になっているか、それを確認してしっかり呼吸を整えて演奏を始めることが大切。もう一点は、演目から演目への心の準備。今日は一度目の通しだったのでしょうがないけれど、明日は同じことをもう一度するわけで、プログラムを覚える必要はないまでも、次に自分が何をしてどこにいて、その後何を演奏するのか、ということを先に先に、イメージして動かなければいけない。曲間は”休み時間”ではなく、曲の間も演奏と同じくらいの緊張感を持ってステージに立たないといけない。とありました。

今日は停電があり、一日に違う演目順で2度の通しがあり、また夜は国際交流基金に招待され、皆で夕食に出かけたりと、盛りだくさんの一日でした。

明日は、いよいよ、WS最終日です。

9月3日(火曜日)

約2週間に及んだハノイでのWSも、いよいよ最終日です。午前中は、演奏者は衣装着用でプロモーション用のビデオ撮影、その後で国ごと、楽器のポートフォリオの撮影がありました。演奏者はそれぞれ、民族衣装に身をまとい、ステージにスタンバイ。国ごとの特色がそれぞれにあり、色合いもとても豊かで見ているだけでもわくわくします。ハドラの並び順、登場の順序も整理して、また、ラオスの即興の部分も、出捌けの調整をして、賑やかしの演奏者を舞台に残してみることにしました。

そんな中、音楽監督の大島さん、音響の新田さん、制作の原田さん、安藤は、国際交流基金の現地スタッフのファンさんと一緒に、来月のハノイのコンサート会場、オーコー劇場の下見に行ってきました。2010年に音響、照明機材も一式リニューアルし、技術的には全く問題ない劇場です。大島さんは、客席から演奏者がどのように見えるか気にしておられ、私がセンター上手のユスリさんの位置あたりに座って太鼓を叩く素振りや、大太鼓を叩く堀のシュミレーションで、立ち姿で腕を振るようなジェスチャーをするなか、客席最前列、中央、後列など、動いてビジュアルイメージを膨らませていらっしゃいました。他、楽屋の位置、広さ、VIPのお部屋があるのか、搬入口、アーティストが入ってくる入り口、ステージ袖とロビーへの行き来、劇場周辺の様子など確認して、皆がリハーサルを続けるハノイ音楽院へと戻りました。

フォトセッションを終えた国ごとに着替えと休憩。午後は1時30分からのスタートです。基金のスタッフは、引き続き、楽器の撮影を続けます。あっというまに数時間たち、1時半。演奏者はなかなか現れず... 2時ごろになり、やっと、最後の通し稽古ができる環境になりました。タイの通訳のオトさんいわく、午前中の衣装を着ての演奏は、少し硬かったとのこと。午後は、皆、自由な格好です。ユスリさんの声と太鼓の音が会場に響きます。

通し稽古は、無事終了、演目順も、昨日パズルをしてみてしっくりいっているようです。まだまだ、突き詰めなければならないことはありますが、大島さんから、まず、この二週間、本当にお疲れ様でしたということと、感謝の気持ちが伝えられ、その後、WSのまとめとして3つの大切なメッセージが送られました。一つ目は、鍛錬。とにかく、練習することが何よりも大切。二つ目は、音を聞くこと。アジアの太鼓は、アフリカの太鼓などにくらべて音色がとても豊かなので、どの音色がその曲、その場面にフィットしているか、演奏者それぞれが吟味しなければいけない。また、自分以外の演奏者が奏でている音に、自分があわせること、それを聞いて自分に取り入れることが大切、とおっしゃっていました。最後に、これは、アドバイスというか共有事項でしたが、以前、大島さんが有名なサッカーチームの監督のインタビューを見ていて感銘を受けた言葉があるようです。”intelligence“. つまり、サッカーのような体力勝負な分野でも、常に頭を使って動くことが必要、と。音楽もまた、頭を使って先読みしたり、聞こえてくる音を聞いて自分の音を調整したり、まさノ、頭をフル回転して望まなければ成り立たない世界です。また、大島さんからは10月にみんな元気で会いましょう、とありました。

その後、伊藤さんからも、この期間中の全員の頑張りに対して賞賛があり、また、昨日日本の堀からあったとても重要なポイント、曲の間は休みではなくてそれ自体も作品のなかの一部だ、ということが繰り返されました。演奏者からの質問も特になく、その後、各国毎にパッキング作業を開始。早いところはものの15分で荷物をまとめ、会場を後にしていきました。日本とラオスは物量が多いので毎回最後まで残ります。来月のツアーで、もう少し工夫をして一回一回の搬入搬出をスムースにできれば、と思います。

大島さんを含む日本人スタッフは夜、8時半にホテルを出発して、ハノイ空港へ。東京へのフライトは夜中の12時10分です。一方、演奏者は明日、朝6時ホテルロビー終了組みと、10時終了組みの二つに分かれての出発となります。皆、本当に頑張ってくれました。この数日間の疲れを十分に回復し、10月に、元気一杯再会できることを楽しみにしています。

ワークショップの写真2

[お問い合わせ]

国際交流基金(ジャパンファウンデーション)
文化事業部 アジア・大洋州チーム
担当 : 玄田・松永
電話 : 03-5369-6062

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