日本語教育通信 日本語教育レポート 第46回

日本語教育レポート
このコーナーでは、国内外の日本語教育について広く情報を交換したり、お互いの交流をはかるために、各地域の新しい試みやコース運営などについて、関係者の方々に具体的に紹介していただきます。

【第46回】
少人数制の研修で授業の改善を試みる
―「2020年大学日本語教師教授法夏季集中研修会」について―

2021年11月
日本語国際センター 専任講師
(元北京日本文化センター 日本語上級専門家)
王 崇梁

1. はじめに

 中国は日本語学習者、日本語教師ともに世界で最も多い国です。国際交流基金2018年度「海外日本語教育機関調査」(以下、「基金調査」)によれば、中国の日本語学習者は1,004,625人、日本語教師は20,220人となっています。
 中国における日本語教育の特徴は、高等教育段階(4年制大学及び3年制短期職業大学)の学習者数と教師数が最も多く、全体の約57%と56%(2018年度基金調査)を占めているということです。
 また、言語学や文学、社会学の博士号を取得し高度な専門性を持つ若手日本語教師も少なくありません。ただ、日本語教育を専門としているわけではないことから、そのような教師たちを含めた多くの大学教師が、日本語教授法を学んで実践的な教授技術を高めることを求めており、そのニーズに対応する教師研修の需要と関心が高まり続けているのが現状です。

2.研修実施の背景・目的

 国際交流基金北京日本文化センター(以下、北京センター)は、その前身の北京事務所時代から中国の日本語教育の支援、とりわけ日本語教師の育成を重視し、教師研修やセミナー、ワークショップなどを実施してきました。大学教師の研修事業に関しては、大学の若手日本語教師を対象とした「全国大学日本語教師研修会」や三年制短期大学の日本語教師を対象とする「全国高等職業学校日本語教師研修会」、大学で日本語を第二外国語として教えている日本語教師向けの「全国大学公共日本語教師研修会」などを開催してきました。特に「全国大学日本語教師研修会」は中国の関係機関と共催で年1回開催し、13年も続きました。また、このような規模の大きい研修会(参加者100名前後)のほかに、少人数制(参加者20名前後)の研修会も複数開催しています。
 本稿では、少人数制の研修会の一つで2020年に新規開催した「2020年大学日本語教師教授法夏季集中研修会」を取り上げ、紹介します。
 中国の高等教育段階においては、日本語学習者の増加に伴い、学習者の質や学習動機、方法、目的の多様化が進み、適切に対応するための教育内容、教授方法の改善がますます重要となっています。
 さらに、2018年1月、中国の教育部による『四年制大学各専攻教育の国家スタンダード《普通高等学校本科专业类教学质量国家标准》』が公布され、言語教育に関しては一般語学教育からコンテンツ重視の総合教育へ、アカデミック偏重から運用能力重視へ、特にコミュニケーション能力の養成を重視する方針が打ち出されました。教師も、一方的に知識を与えるのではなく、学生の思考力・問題解決能力を養う授業が求められるようになり、それを実現するには、教師の教授能力の向上と授業の改善が必要になってきます。
 北京センターは上記のような状況を踏まえ、教授能力の向上、並びに個々の教師が抱えている教授問題の解決に個別対応できる本研修会を企画し、第1回は読解の教え方をテーマとして取り上げました注1
 研修会の目的は(1)JF日本語教育スタンダード及びCan-doによる授業目標設定への理解を深めること、(2)学生を中心とした授業の進め方を考えること、(3)読解授業の教え方を改善することの3点です。
 なお、研修会は新型コロナウィルス感染拡大防止のため、すべてオンライン形式で実施することになりました。

3.研修会の内容と方法

 研修に参加した受講生は26名で、取得学位は博士7名、修士18名、学士1名でした。教授歴は2~5年が13名、6~10年が6名、11年以上が7名と比較的経験の浅い受講生が半分を占めました。
 研修期間は2020年8月12日から15日までの4日間で、基本的に1日7時間の授業をZoomまたはWeChatを使って行いました。参加費は無料です。

 研修会の主なスケジュールは以下の通りです。

日時 研修内容
1 8月12日(水) 午前 開会式
基調講演1 「応用認知言語学の実践と展望」
講演者:東京外国語大学 荒川洋平教授
基調講演2 「形態、文法、意味、翻訳と複合格助詞の研究」
講演者:北京大学 馬小兵教授
午後 基調講演3 「学生を中心とする日本語授業の進め方」
講演者:北京師範大学日本語教育教学研究所 林洪所長
講義1 「JF日本語教育スタンダードと授業目標の設定」
講師:日本語上級専門家 王崇梁
事前課題の共有
2 8月13日(木) 午前 講義2 「読むことを教える」
講師:日本語専門家 田邊知成
午後 講義3 「文法を教える」
講師:日本語専門家 大脇元
個別相談1
3 8月14日(金) 午前 模擬授業教案作成1(受講生各自)
模擬授業教案作成2(受講生各自)
個別相談2
4 8月15日(土) 午前 模擬授業1
午後 模擬授業2
研修総括、国際交流基金事業紹介
修了式

 前半(1~2日目)は、受講生自身の教授能力の向上及び授業の改善に参考となる基調講演や講義が主な内容でした。後半(3~4日目)は、少人数グループに分かれ、受講生自身の授業改善に取り組みました。
 具体的な方法としては、まず、受講生はグループ内で、事前課題で提出した教案を発表し、共有します(事前課題の共有)。その目的はお互いの発表を聞き、さらに質疑応答によって教案を改善することにあります。
 次に、受講生は基調講演や講義で学習した内容を参考に、模擬授業用の教案を作成し(模擬授業教案作成1、2)、指導講師と個別相談を行います(個別相談1、2)。
 最後に、講師と相談した結果を反映させた教案で模擬授業(一人25分+質疑応答5分)を実施します(模擬授業1、2)。
 本研修会は、受講生が研修で得た成果をそのまま自身の現場で生かせることを旨としていたので、模擬授業で使用する教科書も、それぞれの受講生が所属大学で使用している教科書としました。模擬授業の個別相談の内容も「教案の時間配分や授業の流れ」など教案の構成に関するものから、「模擬授業の目標としてCan-doの活用方法」や「文章の内容理解が終わった後、アウトプットとして有効な活動はどのようなものがあるのか」、「読解授業の評価はどうすればよいのか」など授業の活動や評価に関するものまで多様でした。また、研修会で受講した内容について理解はしていますが、自身の授業改善に取り入れようとすると、アイディアが浮かぶ人と浮かばない人など、個人差もかなりあります。指導講師は受講生の授業改善に可能な限り役立てようと、アイディアを出したり、一緒に活動案を考えたりするなど、きめの細かい指導をするように努めました。一方、受講生も模擬授業の教案改善に積極的に取り組んでいました。研修中の作業時間が限られていたため、一日の研修が終了した後も夜遅くまで改善作業を続ける人が多かったようです。このような努力によって、教案の改善が一つひとつ着実に進みました。
 模擬授業を通して、主に次のような成果が見られました。一つは、JF日本語教育スタンダードのCan-doを参考に、模擬授業の目標を設定するようになったことです。研修会終了後、受講生から、「今まで一コマの授業に対し、授業目標の設定はしていなかったのですが、今回、授業目標を設定することで、その目標を達成するために、どのような流れや授業活動が必要であるか深く考えるようになった」と言った声が多数聞こえてきました。もう一つ、受講生の多くは読解授業においてボトムアップ方式が主流で、文章の内容理解を主な目的としてきましたが、模擬授業では文章の内容理解にとどまることなく、コミュニケーション能力の向上につながるディスカッションなども取り入れ、学生の応用能力を重視する活動が多く見られたことも挙げられます。

筆者と研修会参加者が並ぶZoomギャラリービュー画像
研修会の最終日に撮った記念写真

4.評価と受講生の声

 研修会終了後、受講生に対して、研修会に関するアンケート調査を行いました。受講生の評価は下記のグラフの通りです。(回答者25名[受講者26名、回収率96%])

  • 円グラフ画像(タイトル:今回の研修はいかがでしたか とても有意義88%、有意義12%)
  • 円グラフ画像(タイトル:この研修を通じて、あなたの日本語教授法への理解は向上しましたか とても向上したと思う56%、向上したと思う44%)

 また、アンケートの自由記述の部分には次のようなコメント(抜粋、原文通り)がありました。

  • とても勉強になりました。日本語教授法への理解がよりいっそう深化しました。
  • 読解授業はどうやってやるか、やっとわかりました。
  • とても濃く、充実した集中研修でした。三年前帰国して、今度久々に日本国内の日本語教育の視点に触れて初心に戻った感じです。日本語教育の博士論文を書いたけど、実践はまた違って、たくさんの現場の先生たちと知り合え、悩みや経験が聞けて大変勉強になりました。本当に若手日本語教師にとってありがたい事業です。
  • 読解の授業のやり方について、いろいろと考えさせられました。ありがとうございます。これから自身の授業で、実践してみます。
  • 良い授業ができるため、コースデザインに関しては、いろいろ工夫しなければなりません。短い研修でしたが、先生方よりご指導いただいたものを生かして頑張りたいと思います。

 以上の研修会事後アンケートの集計結果およびコメントから、受講生の研修に対する満足度も高く、北京センターとしても有意義な研修内容を提供できたと考えられます。
 研修実施に当たって、これまでの対面研修では直面したことのない問題がいくつかありました。まず、最初の参加者募集通知では、北京市、天津市、河北省からの応募者は対面参加、それ以外の地域からの応募者はオンライン参加と案内していましたが、募集通知を送ってから間もなく、北京で新型コロナが再び発生したため、一部の対面参加でもリスクがあると判断され、急遽、全部オンライン参加に切り替え、再度募集通知を出した経緯がありました。
 物理的な問題としては、北京センターのWi-Fiが普段でもあまりスムーズではないので、研修会でいくつものグループが同時にオンライン上で活動を行うと回線がパンクする恐れがあります。いろいろ対策を検討した結果、すぐ実行できることとして、北京センターのWi-Fiを使って発信するのは講演や講義のみで、それ以外の授業は担当講師が自宅でWi-Fiまたは携帯電話のWeChatを使って行うことにしました。それでも、研修会実施中、受講生の回線が繋がらなくなったり、講師の音声がうまく届かなかったりなど、ネット環境によるトラブルがありましたが、北京センターのサポートメンバーが入ることにより、スケジュール通り研修会を実施できました。

5.今後の課題と展望

 本研修会を振り返ってみると今後に向けて解決すべき課題もいくつか残りました。例えば、研修期間が全体的に短かったという反省があります。しかし、普段でも多忙な大学の日本語教師にとって、研修会の期間をこれ以上、長くすると参加しにくくなる恐れがあります。一つの提案としては、週末ないし夜間を利用してオンラインで講義を複数回行い、その後、北京センターで模擬授業等アウトプット中心の対面研修を実施することが考えられます。
 研修実施の背景・目的の部分でも触れたように、中国政府の『四年制大学各専攻教育の国家スタンダード』が公布されたことによって、中国の大学の日本語教師は、これまでのアカデミック偏重から学習者の運用能力重視へと教授法の改善が必要となります。本研修会のような少人数制で授業改善に役立つ研修会への需要はこれから高くなっていくでしょう。

参考文献:

注:

  1. 1.本研修会のテーマを決める際、北京センターがこれまで実施してきた研修会の事後アンケートを参考にしました。事後アンケートでは、「今後、どのような研修会に参加したいか」という希望調査も同時に行ってきました。その結果、「読解、聴解、文法、文化、会話の教え方」など教授法に関する希望が常に上位を占めています。
What We Do事業内容を知る