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日本語国際センターの30年―海外の日本語教育を支える基盤整備の歩み

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このコーナーでは、国際交流基金の行う日本語教育事業の中から、海外の日本語教育関係者から関心の高いことがらについて最新情報を紹介します。

2020年3月
国際交流基金日本語国際センター

1.日本語国際センターの30年

日本語国際センターの外観の写真
日本語国際センター

 国際交流基金日本語国際センターが開所したのは、1989年、平成元年でした。そして、昨年2019年、令和元年に同センターは、30周年を迎えました。平成の時代の流れとともに同センターはその活動を続けてきたことになります。この間、海外の日本語教師を対象とした研修を実施し、のべ118か国・地域、12,328名の教師が研修を修了しています。また、同センターでは、さまざまなメディアで教材・リソース開発を行ってきました。近年では、「JF日本語教育スタンダード」(以下、JFS)を発表し、それに基づく教材や授業案などの開発・提供も行っています。
国際色豊かな基礎研修参加者43名と日本語国際センター専任講師・スタッフの集合写真
2019年度海外日本語教師基礎研修 参加者
 国際交流基金日本語国際センター(以下、NC)は、海外の日本語学習者の増加に対応するため、学界・経済界・官界の有識者からなる「日本語普及総合推進調査会」が1985年に提出した答申を受けて、①人材開発、②教材充実、③情報センター、④海外ネットワークを主な機能・業務とする機関として設立されました。つまり、海外の日本語教育を支えるための基盤整備として、人材育成、教材・リソースの開発・提供などを行うことをミッションとしています。以下、NCの30年間を振り返り、その間の日本語教育の変化とともに、日本語を母語としない日本語教師に対する研修と日本語教育教材・リソースの開発の歩み、そして今後のさらなる事業の可能性についてご紹介していきます。

2.日本語を母語としない日本語教師のための研修

 NC開所前の1980年代当時は、国内外を問わず、日本語教師の多数を日本語母語話者が占めていたため、日本語を指導言語として使用する「直接法」という教え方が確立しており、「直接法」で教えるための教科書が作られ、それらの教え方を学ぶ教師研修が主流でした。やがて、さまざまな地域で日本語教育が発展していく中で、日本語学習者の中から教師として日本語を教える人が増えてきました。そこでNCは、主に日本語を母語としない日本語教師(Non-Native Japanese教師。以下、NNJ教師)を対象とした研修を企画立案し、実施してきました。
4人で机を囲み、話し合いながら作業を進める研修生の写真
ポスター発表する研修生と、取り囲んで聞く研修生の様子の写真
研修の様子
 開所時から2018年度までの研修では、35歳までの比較的若手の教師のための長期研修(当初は9か月、2001年度以降6か月)と、やや経験を積んだ教師を対象とした2か月の短期研修、さらに特定の国や地域を対象とした国別研修の3種が主に行われてきました。2019年度からは研修の枠組みを見直し、日本語運用力の一層の向上をはかり、日本の文化と社会を学ぶ日本語研修、日本語教授能力と異文化理解能力の向上を目的とした教授法研修(ともに6週間)、若手日本語教師を対象にした日本語・日本語教授法・日本の文化と社会の3本柱を学ぶ基礎研修(6か月)、日本語教育の特定のテーマについて学ぶテーマ別研修(5週間)、そして従来の国別研修の5種を主に行っています。
 いずれの研修においても企画立案・運営にあたっては、研修に参加する教師が研修の中でさまざまな実践を経験し、他の研修参加者と協働する中で、自身の教授実践を振り返り自律的に学ぶことを重視してきました。研修科目は、各国の日本語教育を切り開く立場であるNNJ教師に資するように、日本語科目のみならず教授法科目を重視し、その内容に関しては、語彙や文法をはじめとした言語知識の教育に偏ることなく、日本語でのコミュニケーション力を育成するための教育のあり方を模索してきました。
 90年代から2000年代にかけては、米国のACTFL注1で示されたプロフィシエンシーの考え方を土台として研修のカリキュラムを整備しました。そして、2010年にJFSが公開注2されて以降は、研修の授業設計やコースデザインにおいてJFSを活用する取り組みが続けられています注3。特に、ポートフォリオは、教師の自律的な成長に役立つツールとして、それぞれの研修の目的、内容に合わせたものが作成され、活用されています注4
 また、各国の日本語教育界において指導的立場に立つ人材の養成を目的として、2001年度から政策研究大学院大学と国立国語研究所との3機関連携注5で、日本語教育の指導者を養成する修士課程(日本語教育指導者養成プログラム)が設けられました。2003年度からは博士課程(日本言語文化研究プログラム)も設けられ、2018年度までに修士112名、博士10名が修了しました。これらプログラムの修了生のみならず、NCの教師研修を修了したNNJ教師の中には、その国・地域で指導的な立場になって現地の日本語教育や教育政策の立案を支え、教材やテストの開発を中心的な立場で担い、後進の指導を積極的に行っている教師が数多く存在し、世界中で活躍しています。

3.教材・リソース開発

 NC開所前の1980年代、国際交流基金は外部の専門家を主体として初級教科書『日本語初歩』や映像教材「ヤンさんと日本の人々」シリーズなどを開発し、これらの教材は世界中で広く使われていました。
 1990年代になると、海外の日本語教育の多様化が進み、特に中等教育の学習者の増加が顕著になってきたため、NCの教材開発はリソースの開発に軸を移しました。それまでにあった留学生や一般成人を対象とした教材では、中等教育の日本語学習者の学習目的や興味・関心に合わないのはもちろんのこと、海外の学校教育ではそれぞれの国・地域の教育行政により教育のあり方が規定されているため、多様な現場で広く使ってもらうためには素材の形式での教材提供が有効であったという事情によります。そこで、日本人の生活習慣や文化的行事などを写真と解説で紹介する「写真パネルバンク」注6、中等教育向けに基本的な文法解説と例文、教室活動をまとめた初級日本語素材集『教科書を作ろう』、日本語学習に現実の日本社会と臨場感を取り入れるためのアイデア帖と素材集「レアリア・生教材」シリーズが制作されました。

「みんなの教材サイト」トップページ(ログイン後)の画像
みんなの教材サイト
「エリンが挑戦!にほんごできます。」のキャラクター(エリン、ホニゴン、N21-J)画像
エリンが挑戦!にほんごできます。

 2000年代には、インターネットの普及に伴い、自由に教育利用できる教材・リソースを世界各地の日本語教師に手軽に提供でき、かつ、ユーザー間のコミュニティの場となることを目指した「みんなの教材サイト」を開設しました。同サイトは、2002年の公開以来、リニューアルを繰り返し、現在も運営されている長寿サイトとなっています。また、中等教育における日本語教育のさらなる広がりを受け、NHKエデュケーショナルと共同でTV番組「エリンが挑戦!にほんごできます。」(以下、エリン)も制作しました。エリンは、主に若い学習者を対象とした映像教材で、Can-doを中心とした構成で日本語学習ができるだけでなく、日本文化を通して学習者自身の文化を見直したり、文化の背景にある事象を考察したりといった異文化・多文化理解を目指した教材であることが特徴的です。2006年から国内外で放映が開始されましたが、2007年にはDVD版を出版し、2010年にはWEBを公開しました。WEB版を公開したことで、世界のさまざまな国・地域で、学校などに属さず独学で日本語を学ぶ人々にも日本語の学習環境を提供することができました。また、2017年には日本語初学者を対象に、楽しく気軽に日本語を学び、力試しをすることができるアプリ「エリンと挑戦!にほんごテスト」を公開しました。エリンは、メディア利用の時代変化に応じて、世界中の人々から広く長く使われる学習コンテンツとなっています。

日本語教授法シリーズ14冊の画像
日本語教授法シリーズ
『まるごと 日本のことばと文化』の海外版8冊の画像
『まるごと 日本のことばと文化』の海外版(8か国)

 2006年から2011年にかけては、主にNCにおける教師研修で蓄積された日本語教授法に関する知見をまとめ直して、『国際交流基金日本語教授法シリーズ』全14巻を刊行しました。
 さらに、2000年代の急速なグローバル化と日本語教育の国際的スタンダード構築の必要性を受けて、NCが中心となってJFSを開発し、2010年に発表しました。JFSは、「相互理解のための日本語」を理念とした、日本語の学び方、教え方、評価のし方を考えるためのツールです。相互理解を実現するには課題遂行能力と異文化理解能力が必要だと考えられますが、課題遂行能力を具体的にイメージするには「日本語で何が、どれだけできるか」を例示するCan-doが重要な役割を果たします。これらのCan-doをデータベース化して「みんなのCan-doサイト」で提供しています。また、JFSに関連する研究の動向や実践の報告など、JFSの活用に参考になる情報を「JF日本語教育スタンダード」サイトで発信しています。そして、2010年からは、JFSに基づいたコースブック『まるごと 日本のことばと文化』の制作を開始し、2013年から2017年にかけて、入門(A1)、初級1・2(A2)、初中級(A2/B1)、中級1・2(B1)を刊行しました注7。『まるごと』は2020年現在までに、インド、インドネシア、韓国、タイ、フィリピン、ベトナム、ペルー、マレーシアの8か国で現地出版され、世界各地でより広く使われています。

4.現在、そしてこれから

 NCは、この30年間、海外の日本語教育の状況に応じた基盤整備のために、さまざまな取り組みを行ってきました。2019年の春に日本政府は外国人材の積極的な受け入れに踏み切りましたが、日本語教育界ではそれに伴ったさまざまな動きがあります。NCにおいても、日本での生活場面で求められる基礎的な日本語コミュニケーション力を例示する「JF生活日本語Can-do」を開発、2019年8月に公開しました。続けて、「JF生活日本語Can-do」を学習目標にした日本語教材を制作し、2020年3月末にサイト上で公開する予定です。教師研修においては、特定技能制度での来日を希望する日本語学習者を教える教師を対象として、日本での生活や就労に役立つ日本語の教え方の習得と日本の社会・文化に関する情報収集を目的とした教師研修の実施も始まっています。
 海外・国内の双方で日本語教育は、これからもますます拡大、進化、深化を続けていくと思います。NCは、今後も世界とつながる存在として、日本語教育を支援するための取り組みを続けていきます。

注:

  1. 1.The American Council on the Teaching of Foreign Languages : 全米外国語教育協会
  2. 2.CEFR(Common European Framework of Reference for Languages:Learning, teaching, assessment)を参考にして開発。
  3. 3.NC教師研修におけるJF日本語教育スタンダード実践に関する報告例。
  4. 4.NC教師研修におけるポートフォリオ導入に関する報告例。
  5. 5.2009年から、政策研究大学院大学との2機関連携になりました。
  6. 6.「写真パネルバンク」は現在、販売を中止していますが、著作権処理のできた515枚を「みんなの教材サイト」で提供しています。
  7. 7.『まるごと』出版後も、「みんなの教材サイト」において、JF日本語教育スタンダード準拠の教材・教材用素材である「JFS B2教材」、「JFS読解活動集(A1~B1)」、「JFS授業案」の提供を続けています。
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